新しい生活

 広い海のどこかで吹いた風が、波の綾をゆらしている。
 家に閉じこもってばかりいるのもよくないと思い、今日は、近くの浜辺にやってきた。
無邪気にはしゃぎながら、かけていく息子。
 私は、浜辺に続く小さな足跡をおいかけながら、頭の中では別のことを考えていた。

旦那のことだ。
消えてしまいそうな絆を、必死でつなぎとめるあなたの、すべてを、妻として許すことができたら、どんなに楽だっただろう。

一人ならそれもできたけど、母親として、助けを求める小さな瞳を放っておくことはできなかった。
信じても裏切られて、いつしか、未来を描けなくなっていた。
時間のはざまになくした信頼は、もう戻らない。
子どもがいなかったら、あなたとともに堕ちていくこともできたけど…。

決断に至るまでは、苦しかった。
でも、助けを求める小さな瞳を巻き込むことはできなかった。

何億年も昔から、今も変わらず、満ちてはひいていく潮のように、揺るぎない確かな愛を、この子に注いでいきたい。

 クスクス笑いながら、岩陰に隠れるいたずら盛りの息子。
やっと、掴まえ、抱きしめた。
握りしめた小さな手に願いを込める。
今、ママとして選ぶこの道の先が、いつも笑顔であふれていますように。

 不意に風が、息子の帽子を巻き上げた。
 ふと見上げた空は、高く果てしなくて、どこまでもいける気がした。

 「ママ、帽子」
「あーあ、ちゃったね」
帽子は、潮だまりにその片隅が浸かっていた。
 私の帽子には紐がついているけど、息子の帽子についていなかったのだ。
 
 「大丈夫だよ。すぐに乾くから」
私は、微笑みながらそう言った。

 この子と一緒に、新たな道を歩き始める。
別れを決めたのは私だから、もう後ろはふり向かない。

ここからは私が新しい生活をマネジメントしていかなくてはならない。
そう、泣いている暇などないのだ。

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