好きな人の結婚式

先日、今までの人生で一番好きだった人の結婚式に出席した。
二次会からだったけれども。
何だか複雑な気持ちになった。

私がその人のことを好きだったのは、私の青春時代といってもいい、一番楽しかった頃のことだ。
大学生の頃のこと。

今思えば、全くどうってことのないことでいちいち悩んだり、怒ったり、自分より不幸な人間はいないんじゃないかと思っていた頃。
すっかり大人になってしまった今、その当時の自分に出会って、悩みを聞いたら、なにあんたそのくらいのことで不幸ぶって、と説教の一つもたれるかもしれない。
けれども、当時の自分にはそんな瑣末事が、紛れもなくこの世の一大事であったのだ。

将来のことで思い悩んで、それでも心の中には、まだ何とかなると楽観視している自分がいた。
社会に出ている大人を、薄汚いものだと思っていた。
でも、心のどこかでは自分が甘えているだけのことは分かっていた。
そんな矛盾した気持ちの中で千切れそうになっていた。

そんな頃好きだった人は、大げさではなく私の全てであった。
私はそれこそ全身全霊でその人のことが好きだった。
結局、どうしてか上手くいかなかったのだけれども。

そんな大切な、私の青春時代そのもののような人が、結婚したのである。
私はとっくに、その人のことは忘れたつもりでいたし、もう私とその人の線が重なることは、この先の人生でもないだろうと覚悟していた。
時々夢に出ては、悲しい思いをさせる、その程度だった。

それなのに、いざその人が結婚したら、私は突然気持ちに大きな穴が開くのを感じた。
よくきく、あのお決まりの「胸にぽっかり穴が開いたような」というやつだ。
それが、本当にあるんだと知った。
悲しい、というのとも、惜しい、というのとも違う、ただ文字通り穴が開いたような。

その時、私は本当の意味で、青春時代を脱却したのである。
ずっと宙ぶらりんのまま、片足はしつこくつっこんだままだった青春気分。
それがすっと身体の中からなくなっていくのを感じた。

結局、私は最後までその人の世話になったわけだ。
これが、通過儀礼というものなのかもしれない、と、思った。

ハイクオリティ翻訳サービス
各種分野に精通した翻訳者とチェッカーにより、翻訳会社トップレベルの高品質翻訳を実現
www.achristmandesign.com/

«
»