忘れて生きていくこと

毎年毎年変わらずに思うのことであるが、「今年の夏は暑い」。
冷房は嫌いなのだが、かけておかないと本当に命の危険があるくらい。
夜中も寝苦しくて何度も起きるし、外から帰ってきた時はすぐに冷房をかけてその近くに行って涼んでしまう。

とにかく外が暑くて暑くて尋常でないのだ。
特に今年は、肌をじりじりと焼くような灼熱の感がある。

と思っているのだが、果たして去年はどうだったのか。
いつまでもだらだらと暑かったのは覚えているのだが、それがどのくらい暑かったのかという話になると、とんと記憶がない。
今年くらい暑かったのか、はたまたそれより上か下か。

そう、人間は過ぎ去ったことをすぐに忘れて生きていくらしい。
いや、人間に限らない。
おそらく三歩歩けばものを忘れるという至極失敬なレッテルを貼られている鶏でなくたって、全ての動物はものを忘れて生きているのだ。

それはおそらく自己防衛反応の一種に違いないと踏んでいる。
忘れるべき事柄は忘れて生きていかなければ、いつまでもその思いに振り回されて生きていくのは苦痛のほかない。

という訳で、おそらく人間は季節の暑さ寒さに関しても、同じような防衛反応を示した結果、翌年になるとその程度を忘れるのであろう。
去年の方が涼しかったどうかなんて、全く生産的ではないもの。

暑かった寒かったというつらい感情は、過ぎてしまえばまず真っ先に切り捨てられるのである。
そうして、毎年毎年かわらずばかみたいに、「今年は暑い」とか、「今年はいつもより寒い」とかを繰り返していくのだ。
もう去年の感覚は忘れているにも関わらず。

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